万年筆

なぜ私は「育てる万年筆」に惹かれるのか?経年変化と積み重ねの魅力

皆様どうも、きほーてです。

今回は、私がなぜここまで「育てる万年筆」に惹かれてしまうのか、その理由をあらためて言葉にしてみたいと思います。

万年筆は、書ければそれでいい。

もっと軽いものもありますし、最初から滑らかなものもあります。メンテナンスが簡単な筆記具だってたくさんあります。

それでも私は、「育てる」万年筆を選んでしまう。

その理由は、経年変化の美しさと、そこに流れる“積み重ねの時間”にあるのだと思います。


気づいたら書きやすくなっているという感覚

万年筆が育ったと感じる瞬間は、とても静かです。

ある日ふと、

「あれ?なんか書きやすくなっている?」

そんな小さな気づきから始まります。

急に変わったわけではありません。
昨日と今日で明確な差があるわけでもない。

毎日使っているからこそ、変化に気づきにくい。
でも、確実に馴染んでいる。

この“気づいたら”という感覚が、私は好きなのだと思います。

経年変化とは、劇的な変化ではなく、静かな変化の積み重ねです。


音楽人生と重なる「積み重ね」

私が「育つ」という言葉に強く心を動かされるのは、音楽人生の影響が大きいと思っています。

子どもの頃から続けてきた音楽。
毎日の練習は地味で、決して派手ではありません。

ある日突然、上手くなるわけでもない。

でも、気づいたら教える立場になっていた。
気づいたら、人前で演奏する機会が増えていた。

それはすべて、積み重ねの結果でした。

万年筆が少しずつ自分の筆圧や書き方に馴染んでいく姿は、私自身の音楽人生と重なります。

小さなことを続けること。
その意味を、私は音楽から学びました。


直接報われなくても、間接的に残る

努力や積み重ねが、すべて直接的に報われるとは限りません。

ブログが伸びないこともある。
YouTubeが思うようにいかないこともある。

それでも、書く力は残ります。
編集の技術は残ります。

そして何より、「続ける」という力が残ります。

続ける力は、お金では買えません。
誰かからもらえるものでもありません。

もしかすると、直接的には報われていないように見えても、間接的にはすでに大きく報われているのかもしれません。

万年筆が少しずつ育っていく姿は、そのことを教えてくれます。


経年変化という“時間の証”

育てる万年筆の魅力は、経年変化にあります。

ペン先が馴染む。
インクフローが安定する。
手にしっくりくる。

そこには、自分が過ごしてきた時間が刻まれています。

合理だけで考えるなら、もっと効率の良い選択はあるでしょう。

それでも私は、時間をかけて馴染んでいく道具に惹かれる。

それはきっと、私自身が「積み重ね」を信じているからです。


育っているのは万年筆だけではない

ふと気づいたとき、万年筆が書きやすくなっている。

それと同じように、
自分自身も少しずつ育っているのかもしれません。

今日も書く。
また明日も書く。

その繰り返しが、未来をつくっていく。

育てているつもりで、実は育てられている。

そんな感覚を、私は万年筆から受け取っています。

合理では測れない価値が、そこにはあります。

だから私は、これからも「育てる万年筆」で書き続けたいと思います。

それでは今回はこの辺で~