皆様どうも、きほーてです。
今回は、私が日常で使っている高級万年筆について、「特別扱いしない」という少し誤解を生みそうなテーマでお話ししてみたいと思います。
最初に正直に言っておくと、まったく特別扱いしていないわけではありません。
むしろ、一本だけ明確に「特別」として扱っている万年筆があります。
それが、モンブラン マイスターシュテュック149です。
ただし、ここで言う「特別」とは、使わずにしまい込むことでも、神棚に飾ることでもありません。
私にとっての特別とは、「向き合い方が少し違う」という意味です。
使う頻度や場面ではなく、心の中での立ち位置が違う。
その感覚を言葉にしてみたくて、今回の記事を書いています。
1. 万年筆は「使うための道具」という前提
私は、できるだけ文字を書くときは万年筆を使うようにしています。
仕事中でも、プライベートでも、条件が許す限り万年筆です。
もちろん、どうしてもシャーペンやボールペンを使わなければならない場面はあります。
複写式の書類や、公的な書類などですね。
そういった場面以外では、自然と万年筆に手が伸びます。
高級かどうか、価格がいくらかという基準は、私の中ではあまり重要ではありません。
「書く」という行為と万年筆が結びついている。
この感覚が当たり前になってから、筆記具選びで迷うことがほとんどなくなりました。
2. モンブラン149だけは、やはり別格
そんな中でも、149だけは少し違います。
「万年筆の王様」と言われるだけあって、手に取ったときの存在感は圧倒的です。
サイズ、重量感、バランス。
どれを取っても「特別な一本」であることを、使うたびに実感します。
加えて、この149はプロに調整してもらった大切な万年筆でもあります。
自分の筆圧や書き癖を踏まえて仕上げてもらった一本というのは、
既製品とは別の意味を持ち始めます。
単なる「高級品」から、
自分のために仕上げられた道具へと変わった瞬間だったと思います。
3. 緊張感はない。でも、気は遣っている
意外に思われるかもしれませんが、149を使うときに緊張感はありません。
書く行為そのものは、他の万年筆と変わらず自然です。
ただし、傷をつけないように気をつけているという点は明確に違います。
机の上の扱い方、持ち運び方、置き場所。
無意識のうちに、少しだけ丁寧になっている自分がいます。
それは「失敗したくない」からではなく、
この一本が歩んできた時間や背景を尊重している感覚に近いのかもしれません。
4. それ以外の万年筆は「育てる道具」
一方で、その他の万年筆に対しては考え方が少し違います。
カスタム823、カスタム槐、3776センチュリー、プロフェッショナルギア。
これらは、その日の気分や書く内容によって持ち替えています。
ここでは、傷はネガティブなものではありません。
むしろ、使ってきた証、時間の積み重ねだと感じています。
特にカスタム槐は木軸万年筆です。
経年変化そのものが魅力であり、
小さな傷や色味の変化も含めて「完成していく一本」だと思っています。
5. 別の意味で別格なのが「相棒」
そして、もう一つ。
別の意味で別格の存在があります。
それが、キャップレスデシモ(限定品)です。
これはもう、完全に「相棒」です。
使用頻度で言えば、間違いなく一番多い万年筆になります。
ノックしてすぐ書ける手軽さ。
考える前に文字が出てくる感覚。
気負いも、構えもいらない。
149が「大切にしたい存在」だとすれば、
キャップレスデシモは「生活の延長線上にある存在」です。
まとめ:特別の定義は一つじゃない
高級万年筆を特別扱いしない、という表現は少し乱暴でした。
正確に言うなら、特別の定義が一本ずつ違うということです。
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149は、大切に守りたい特別な一本
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それ以外は、傷も含めて育てていく道具
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デシモは、常にそばにいる相棒
万年筆に序列をつけているわけではありません。
それぞれが、私の生活の中で自然に役割を持っているだけです。
だからこそ、私は今日も特別な覚悟をせず、
ただ自然に万年筆を手に取り、文字を書いています。
それでは今回はこの辺で~。