皆様どうも、きほーてです。
私はこれまで、ほぼ日手帳を使って日記を書き続けてきました。
書くこと自体は好きですし、続けることにも価値を感じていました。
ただ、正直に言うと――
ほぼ日手帳を「書き続ける」のは、だんだんきつくなってきていたのです。
ほぼ日手帳は1日1ページ。
「全部書かなくてもいい」と分かってはいても、
ページに残る“たくさんの空白”を見るたびに、
どこかでこんな気持ちが湧いていました。
あー、今日は書けなかったか……
また大きな空白ができるなぁ……
このまま書けない日が続いていくのかな……
責めるほどではない。
でも、確実に心に引っかかる“少しの憂鬱”。
私はもともと、理想が高いタイプです。
「やろう」と決めたことは、きちんとやり切りたい。
中途半端なままにしておくのが、どうしても苦手です。
それは、仕事でも、音楽でも、ブログでも、
ここまで積み重ねてこられた原動力でもありました。
でも同時に、
それを365日、完璧に続けるのは、現実的にはかなり難しい。
それでも、
「書くこと」自体は、手放したくなかったのです。
だからこそ、私は
ほぼ日5年手帳を選びました。
理由1:書く量が“ちょうどいい”
5年手帳は、1日あたりの記入欄がとても小さい。
いわば「一言日記」が前提の手帳です。
この構造を見たとき、
私はこう感じました。
あぁ、これなら毎日書けるかも。
もし書けなかったとしても、
心の痛みは、きっと少ないかも。
一言でも書けば、その日は“埋まる”。
全部真っ白、というページが生まれにくい。
「今日はこれだけでも書けた」
そう思えるだけで、
夜の気持ちはずいぶん軽くなります。
理由2:「書けなかった日」を責めなくて済む
これまでの私は、
書けなかった日があると、
自分の中で、少しずつ自分を責めていました。
「また続かなかった」
「やっぱり自分はダメだな」
……そこまで強い言葉ではなくても、
小さな自己否定が、確実に積み重なっていたのです。
5年手帳は違います。
仮に書けない日があっても、
ページには、他の年の記録が並んでいます。
「この日は忙しかったのかな」
「この年はあまり書けていなかったんだな」
そんなふうに、
“感情を込めすぎず、俯瞰して”眺めることができる。
「できなかった自分」を責める材料ではなく、
「そういう時期もあったよね」と
受け止めるための器になってくれるのです。
理由3:自分を“許せる”形だった
私は、過去の自分に、
こんな言葉をかけてあげたいと思っています。
書けなくても大丈夫。
日記を書くことだけが、すべてじゃない。
私は仕事に、音楽に、ブログに、
どんどん前へ進んでいってる。
何も恥じることはない。
自分は、自分が思っているより
もっとすごいことをしているんだ。
ただでさえ、
この世の中は他人に厳しい人が多い。
だからこそ、
自分だけは、自分を許せる存在でいないと、壊れてしまう。
ほぼ日5年手帳は、
「もっと頑張れ」と言ってくる道具ではありません。
むしろ、
-
完璧じゃなくてもいい
-
立ち止まる日があってもいい
-
波があっても、それでも進んでいる
そんな自分を、そのまま受け止めてくれる存在です。
私がこの手帳に見たのは、
立ち止まる日があっても、
波があっても、
少しずつ前へ進んでいける自分
という、新しい自分像でした。
ほぼ日5年手帳は、
「日記が続かなかった人」
「真面目すぎて疲れてしまう人」
「書くことは好きだけど、量がしんどい人」
そんな人に、きっと合います。
これは、
“もっと頑張るための手帳”ではありません。
“今の自分を壊さずに、続けていくための手帳”です。
この文章を読んでくださったあなたが、
もし「書けない自分」を責めているのなら――
どうか、ほんの少しだけでいいので、
その自分を許してあげてください。
それだけで、
人は、ちゃんと前へ進んでいけるのだと思います。
それでは今回はこの辺で~