ほぼ日手帳

【5年という時間がくれたもの】ほぼ日5年手帳を始めた3つの理由

皆様どうも、きほーてです。

私はこれまで、ほぼ日手帳を使って日記を書き続けてきました。
書くこと自体は好きですし、続けることにも価値を感じていました。

ただ、正直に言うと――
ほぼ日手帳を「書き続ける」のは、だんだんきつくなってきていたのです。

ほぼ日手帳は1日1ページ。
「全部書かなくてもいい」と分かってはいても、
ページに残る“たくさんの空白”を見るたびに、
どこかでこんな気持ちが湧いていました。

あー、今日は書けなかったか……
また大きな空白ができるなぁ……
このまま書けない日が続いていくのかな……

責めるほどではない。
でも、確実に心に引っかかる“少しの憂鬱”。

私はもともと、理想が高いタイプです。
「やろう」と決めたことは、きちんとやり切りたい。
中途半端なままにしておくのが、どうしても苦手です。

それは、仕事でも、音楽でも、ブログでも、
ここまで積み重ねてこられた原動力でもありました。

でも同時に、
それを365日、完璧に続けるのは、現実的にはかなり難しい。

それでも、
「書くこと」自体は、手放したくなかったのです。

だからこそ、私は
ほぼ日5年手帳を選びました。


理由1:書く量が“ちょうどいい”

5年手帳は、1日あたりの記入欄がとても小さい。
いわば「一言日記」が前提の手帳です。

この構造を見たとき、
私はこう感じました。

あぁ、これなら毎日書けるかも。
もし書けなかったとしても、
心の痛みは、きっと少ないかも。

一言でも書けば、その日は“埋まる”。
全部真っ白、というページが生まれにくい。

「今日はこれだけでも書けた」
そう思えるだけで、
夜の気持ちはずいぶん軽くなります。


理由2:「書けなかった日」を責めなくて済む

これまでの私は、
書けなかった日があると、
自分の中で、少しずつ自分を責めていました。

「また続かなかった」
「やっぱり自分はダメだな」
……そこまで強い言葉ではなくても、
小さな自己否定が、確実に積み重なっていたのです。

5年手帳は違います。

仮に書けない日があっても、
ページには、他の年の記録が並んでいます。

「この日は忙しかったのかな」
「この年はあまり書けていなかったんだな」

そんなふうに、
“感情を込めすぎず、俯瞰して”眺めることができる。

「できなかった自分」を責める材料ではなく、
「そういう時期もあったよね」と
受け止めるための器になってくれるのです。


理由3:自分を“許せる”形だった

私は、過去の自分に、
こんな言葉をかけてあげたいと思っています。

書けなくても大丈夫。
日記を書くことだけが、すべてじゃない。
私は仕事に、音楽に、ブログに、
どんどん前へ進んでいってる。
何も恥じることはない。
自分は、自分が思っているより
もっとすごいことをしているんだ。

ただでさえ、
この世の中は他人に厳しい人が多い。

だからこそ、
自分だけは、自分を許せる存在でいないと、壊れてしまう。

ほぼ日5年手帳は、
「もっと頑張れ」と言ってくる道具ではありません。

むしろ、

  • 完璧じゃなくてもいい

  • 立ち止まる日があってもいい

  • 波があっても、それでも進んでいる

そんな自分を、そのまま受け止めてくれる存在です。

私がこの手帳に見たのは、

立ち止まる日があっても、
波があっても、
少しずつ前へ進んでいける自分

という、新しい自分像でした。


ほぼ日5年手帳は、
「日記が続かなかった人」
「真面目すぎて疲れてしまう人」
「書くことは好きだけど、量がしんどい人」

そんな人に、きっと合います。

これは、
“もっと頑張るための手帳”ではありません。

“今の自分を壊さずに、続けていくための手帳”です。

この文章を読んでくださったあなたが、
もし「書けない自分」を責めているのなら――

どうか、ほんの少しだけでいいので、
その自分を許してあげてください。

それだけで、
人は、ちゃんと前へ進んでいけるのだと思います。

それでは今回はこの辺で~