万年筆

書く理由は“スッキリ”じゃなかった|自分を知るための習慣になった話

皆様どうも、きほーてです。

「書くとスッキリする」
これは、手帳やノートについてよく言われる言葉だと思います。私自身も、これまでそう思って書いてきました。

仕事でモヤモヤしたとき。
なんとなく気分が晴れないとき。
そういうときにノートを開いて、思っていることをそのまま書いていく。

すると、少しだけ気持ちが軽くなる。
だからまた書く。

そんな使い方をしていました。

ただ、最近になって少しだけ感覚が変わってきました。


「スッキリする」だけではなかった

ある日、いつものようにゆっくりと書いているときのことです。

特別なことを書こうとしていたわけではなく、
ただ思いついたことをそのまま言葉にしていくだけの時間でした。

その中で、ふとこう思ったのです。

「もしかして、自分ってこう思っているのかな」

最初から分かっていたわけではありません。
書いている途中で、なんとなく浮かんできた感覚です。

そのまま手を止めずに書いていくと、
だんだんと言葉がつながっていき、最終的には

「ああ、自分はこう考えていたのか」

と、はっきりとした形になっていきました。


書くことで見えてくるもの

これまで私は、
「書く=気持ちを軽くするためのもの」
だと思っていました。

もちろんそれも間違いではありません。

ただ、それだけではなかった。

むしろ、

👉 書くことで、自分の中にある“まだ言葉になっていない考え”が見えてくる

そんな感覚に近いのだと思います。

頭の中で考えているだけでは、
うまく形にならないことがあります。

なんとなく分かっているようで、
実は曖昧なままの感情。

それを、ゆっくりと書いていくことで、
少しずつ輪郭がはっきりしていく。

この感覚を知ってから、
「書くこと」に対する捉え方が変わりました。


見返さなくてもいい理由

よく「書いたものは見返した方がいい」と言われますが、
私はあまり見返していません。

それでも問題ないと思っています。

なぜなら、
大事なのは“書いた内容”よりも、

👉 書いているその瞬間に、自分と向き合っていること

だからです。

書くことで、自分の中にあるものが一度外に出る。
その時点で、すでに役割は果たしている。

無理に見返さなくても、
必要なことはちゃんと自分の中に残っている。

そんな感覚があります。


書くことが「習慣」になった理由

この変化があってから、
書くことはより自然に、日常の中に入ってきました。

以前は「スッキリしたいから書く」という感覚だったので、
ある意味“目的ありき”でした。

でも今は違います。

👉 自分を知るために書く

この感覚に変わったことで、
書くことそのものに意味を感じるようになりました。

だからこそ、無理をしなくても続く。
むしろ、自然と書きたくなる。

結果として、書く習慣はより強くなっていきました。


書くことは、自分との対話

書くことは、何かを解決するための手段でもあり、
気持ちを整理するための方法でもあります。

でもそれ以上に、

👉 自分と対話するための時間

なのだと思います。

外から答えをもらうのではなく、
自分の中にあるものを少しずつ見つけていく。

その過程そのものに価値がある。

そう感じるようになりました。


書くことに、特別なルールは必要ありません。
きれいにまとめる必要もありません。

ただ、その時に思ったことを、そのまま書く。
それだけで十分です。

もし今、モヤモヤしていることがあるなら、
少しだけ手を動かしてみると、何かが見えてくるかもしれません。

それでは今回はこの辺で~


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